2013年 年頭のご挨拶 

 新年おめでとうございます。
 文明は今大きな転換期にあり、工学も変容を迫られているように思います。転換期を象徴する現象として、世界規模の環境問題、資源や食糧の問題、先進国における大量失業問題や政府債務の問題、新興国の急激な経済成長と、一部新興国、特に中国の成長の鈍化の兆し等があげられます。日本工学アカデミーも、こうした変化の本質を着実にとらえていきましょう。
 翻ってみれば、1万年から1万数千年前に世界各地で農業が発生しました。これを農業革命と呼ぶ人もいます。農業革命以降、マルサスが人口論で分析の対象とした、きわめて緩慢な人口増の時代が1万年近く続きました。この状況を一変させたのは、約200年前の産業革命です。産業革命によってモノを大量かつ効率的に作れるようになりました。そして、産業革命を行った国が先進国となったのです。この過程で、工学が決定的な役割を果たしたことは言うまでもありません。
 産業革命が普及した結果、先進国では、衣食住はもちろんモビリティや情報まで、様々なモノを、一握りの支配層ではなく、私たち一般市民が手にする社会が実現したのです。現在、これまで産業革命から取り残されてきた途上国がその成果を手にしつつあり、今後スピードを増して有限の地球に拡散していくことでしょう。
 現在先進国が経験しているモノが行きわたった状態を、人工物の飽和と呼びたいと思います。人工物の飽和は需要の飽和をもたらします。蓄積された人工物の更新需要は持続しますが、それだけでは経済成長をもたらしません。先進諸国の長引く景気停滞の本質はここにあるのではないでしょうか。つまり、不況は経済的循環の一局面というだけではなく、構造的な面の方が強くなっているのだと思います。
 現在、産業は途上国の需要を求めて海外に進出しています。しかし、それだけでは国内が空洞化します。国内で私たちが求めるものは、量的拡大ではなく質の向上でしょう。私は、「モノを手にした市民が求める質の高い社会」を「プラチナ社会」と定義しています。公害克服に加え多様性に富んだ豊かな自然との共存、エネルギーや資源の不安がないこと、高齢者を含めて老若男女全員が参加し生涯を通じて成長する機会を得、雇用があること、これらはプラチナ社会が具備すべき必要条件であると考えています。プラチナ社会を実現するためのイノベーションの先導が、これからの工学に課せられた新たな使命なのではないでしょうか。
 工学アカデミーの活動も、こうした認識を踏まえて展開していきたいと思います。多様性が創造性の源泉ですから、幅広い知恵がアカデミーに結集する体制を構築します。2012年暮れには、企業経営者をメンバーとするアドバイザリー・ボードを設置しました。社会的課題を見据えながら事業に取組まれてきた経営者の知恵は、工学アカデミーが進むべき道を探るうえで不可欠だと思います。今後はさらに、女性、若手、外国人等との議論も進めたいと思います。現在進行する文明の歴史的変革を、農業革命と産業革命に続くプラチナ革命と捉え、それに応える工学のあり方を追求し発信していきましょう。
 新年の挨拶ということで、いささか高揚しすぎたきらいがあります。会員の皆様のご寛容とアカデミー活動への一層積極的な参画を期待しています。

2013年 1月

(社)日本工学アカデミー 会長

小宮山 宏