2006年 年頭のご挨拶

 EAJについては、全く忙しい一年を終え、新しい年を迎えました。本来の仕事で多忙を極めるのはむしろ喜ぶべきことだと考えるのですが、予想外の言動があって、それが大きな事故になったり、事故になる確率が高いと考えられることだったことも我々の心謄を寒からしめたことでした。
 性懲りもなくこのようなことが絶えないということは、日本繁栄時代に対社会的責任という背骨の強化が技術面の進歩に対応できなかっただけでなく、むしろ退歩したとさえ考えられるのではないでしょうか。
 今や科学技術は人類の危険排除に不可欠なものと考えるべきもので、従来とかく企業の利潤のためと考えられていたことに対し、大きな反省を必要としています。2007年には国際工学アカデミー連合(CAETS)の大会が予定され、EAJは議長国を務めることになっております。緊張した一年を開始しなければなりません。その主題は、当然のこととはいえ、環境問題になりましょう。今や異常気象がその実在感を与えているように思えてくるのですが、大気中の炭酸ガス含有量の推定増加から予想される二百年後の破局、あるいは海底メタン水化物の分布から予想される四十年後の破局も、京都議定書などで象徴される努力によっていくらかは時期が延びていると思われるのですが、いずれにしても、真面目に努力しなければならないと考えられるようになって、世の認識も進歩してきたことは、乏しいとはいえども、喜ばしいことです。
 この危機を回避するためには植林も大切ですが、材木は保存されない限り、やがて腐って元の炭酸ガスに戻ります。ここに、化石燃料と炭酸ガスとの間の隔壁は、化石燃料から炭酸ガスに向かって越える時には大量にエネルギーが放出される反面、逆に越えることはほとんど不可能とも言えるのです。海底にメタン水化物として存在し得た奇跡は神の恵みとして感謝しなければなりません。そしてその生んでくれる猶予期間の中に、次の対策を実現しなければならないのです。その時間は、四十年なのか二百年なのか、あるいは四百年、はたまた明年なのかもわかりません。それが判ってからではもう遅いことだけは間違いありません。
 国際経済の安定のために、我が国については科学技術の推進が絶対であることは、ようやく最近になって江湖に認識されることとなりましたが、資源のない我が国にとっては正に、創造的な科学技術が他の国とは比較にならぬほど重要です。
 これだけ高度の科学技術に囲まれながら、事故・トラブルの発生は絶えません。昔は事故もなく運行されていたものが、頻繁にトラブルを起こして停止の已むなきに至っています。心の緩みに起因すると考えざるを得ません。科学技術者として、先ず、対社会的責任感を養成する、あるいは更に進めて人類のために献身する境地に達することが大切で、その現実的努力のほとんどが、直下型地震とか列車が飛ばされるほどの強風への対策や、生物の永続のためのものでなければならないと考えます。

2006年 1月13日

(社)日本工学アカデミー 会長

西澤 潤一