第6回 通常総会における会長挨拶

 現在、日本は明治以来、最大の危機にあり、しかも殆どの人達が危機感を持っていないと云う甚だ不思議な状況にあります。もっとも、こう云うことを言いましたら、「そんなことではない。建国以来、最悪の状況だ」と云った方も居られましたが、何れにしても、あらゆる意味から云って、今、我々は、全力を揮って、問題を克服しなければなりません。
 表面的になっているのは経済問題ですが、銀行が、将来ある企業に融資し、その企業は期待に応えて、多くの人達に購入して貰えるような商品を製造販売し、収益を挙げて銀行に利息を払うと云うことになっていなければならない筈です。
 買って貰えるような商品と云うのは、最近までの低価格のものでは、もう近隣諸国の低い人件費による生産には対抗出来ませんから、他の国では作れない高度の商品と云うことになります。資源が無い日本は海外から原料資源を輸入しなければなりませんが、新製品が世界中の人の必要に合っているのなら、充分に原料輸入には耐えられるだけの収益がある筈です。従って、現在の経済維持のためには独創的新製品の開発は絶対であると言えます。
 つまり、我が工学アカデミーは、そのような最大緊急問題の解決について最も大切な舵取りの役を果たさなければならないのです。そのためには、工学教育の問題から、解決してゆかなければならないことは沢山あります。それ以前の人間教育も、現在、金権主義でしか物の考えられない人が決して少なくはなく、その結果研究協力ですら実行困難と云える状態に陥っています。
 そしてその教育問題について云えば、漸く教育基本法の改定が行われることになっていて、工学教育、そしてその基になる人間教育を改革する絶好の機会です。急速に実行案を取り纏めて発表し、改定に取り入れてもらわなければなりません。
 勿論、創造的研究を生むような人材を育てるのと併行して、創造的研究を発見し、育成して工業に結びつけてゆかなければなりませんが、これらも亦、当然のことながら、本工学アカデミーが充分な見識を示して実行してゆかなければなりません。
 昨年は、日中韓の三カ国が中心となって、第三の経済中心たるべきアジア地区の取り纏めと協力を実現しようと云う構想が話し合われました。アメリカ、次いでヨーロッパと云う二つの経済軸に対して、アジア地区が纏まると云うことは、世界経済の安定化と環境問題との適合と云う条件の下でアジアが一致した方向で協力してゆくことが出来たとしたら、21世紀社会にとって、これ以上の貢献はないと考えられます。
 現在、今夏には原子炉休止に伴って、電力不足による停電が起こり得ると云われております。そのような事態になった原因の一つとして、嘗て模範的と云われて、米国に依頼されて安全運転の講義をしていたのに、現在は次々とあり得べからざる事故・トラブルが続出していると云うことがあります。世の中の信頼感が失われたのです。しかも、そのトラブルの一つ一つが、些細な注意力の欠落によるものです。工学者の職業責任意識を呼び戻さなければなりません。
 この他にも、まだいろいろありますが、これらを世に対し先議先決して、輿論を引っ張る必要があります。遅れて出しても何にもなりません。我々は工学アカデミー会員なのです。

2003年 5月13日

(社)日本工学アカデミー 会長

西澤 潤一