ダイバーシティに関するGood Practice

岩尾エマはるかさんにインタビュー

日本工学アカデミー ジェンダー委員会学生委員
電気通信大学大学院情報理工学研究科
博士後期課程1年 依田みなみ

 

  電気通信大学構内にて
  岩尾さん(左)と筆者(右)

近年、女性の社会進出やダイバーシティの推進が叫ばれています。本委員会や国際女性会議WAW!等においても、問題解決に向けた議論の場が設けられています。しかしながら、世界経済フォーラムが発表した2020年のジャンダー・ギャップ指数において、日本の総合順位は153国中121位でした(資料1)。筆者も修士号取得後の就労経験を通して、現実と理想のギャップを肌で感じました。今後はこれまでの議論をもとに、働きやすい社会の実現に向けた行動が必要だと思っています。

今回はその差を埋めるために私たちができること、ギャップを感じたときの乗り越え方について、ソフトウェアエンジニアリングの第一線でご活躍されている、岩尾エマはるかさんにお話を伺いました。岩尾さんはシアトルにお住まいで、クラウドベンダーでご活躍されています。彼女とそのチームは、2019年3月14日に円周率を小数点以下約31兆4000億桁まで計算し、当時の世界記録であった約22兆桁を大幅に更新したことで世界中の話題となりました。

 

コンピュータが好きで大学の専攻を変えました
筆者(以下略):学生時代はどのような学生でしたか?コンピュータ科学を専攻した理由も教えて下さい。
岩尾さん(以下敬称略):小さいころからコンピュータが好きでした。でも高校時代は数学の成績が良くなかったので、大学では人間学類という学部に進みましたが、入学後すぐにクラス担任の先生が「コンピュータが好きなら専攻を変えたら良い」と勧めてくれて、学部2〜4年を情報学類専攻で過ごしました。学部卒業後はそのまま修士に進んで、コンピュータサイエンス専攻を修了しました。
―― 修士の研究内容を教えて下さい。
岩尾:ハイパフォーマンスコンピューティングについて研究していました。いかに複数のコンピュータで効率的に計算するかという研究ですね。具体的には、大規模分散なファイルシステムのファイルカタログを効率的に管理する方法を研究していました。
――修士終了後の進路はどのように考えましたか。
岩尾:博士進学は1割進学、就職は9割という状況でした。私はコンピュータ科学のバックグラウンドを活かして、これから伸びそうな産業分野で働きたかったので就職を選択しました。

 

多業種を経験する中で働きにくさを感じることも
―― 修士終了後のお仕事について教えて下さい。
岩尾:学校推薦でメーカーに就職しました。面接時に、車載マルチメディアなどの組み込みシステムを開発する部署を希望しました。
―― 転職のきっかけを教えて下さい。
岩尾:メーカー特有だと思うのですが、ソフトウェアエンジニアの地位が低いんですよね。「士農工商メカエレソフト」という言い回しがあります。やはりハードウェアがすごく強い。残念ながら私の周りには5年後にこんなソフトウェアエンジニアになりたいと思えるようなロールモデルとなる人がいませんでした。
そのうち、オープンソースソフトウェアのイベントに参加するようになり、さらに興味が社外に向くようになりました。最初の転職も「RubyKaigi」というイベントがきっかけです。大学時代にRubyという開発言語を使っていたので、そのイベントには何度か参加していて、そこで知り合った人に大手WEB企業を紹介してもらって転職しました。
転職後、当時はAmazon が立ち上げたアマゾン・ウェブ・サービスが軌道に乗り始めていた頃で、re: InventというAmazon の開発者向けイベントに参加させてもらう機会がありました。カンファレンスの内容、参加企業の豪華さや雰囲気にすごく衝撃を受けて、これからはクラウドの時代だと強く感じましたね。
帰国後すぐに社内でクラウドを推進しようと思いました。しかし、味方を作らずに一人で突っ走ってしまい、組織を動かすことができませんでした。
そこで、新たな挑戦ができる会社に転職しました。3 社目の会社は、当時70人程度の小規模なWEB 系企業でクラウドを使っていました。でもパワハラにあったんですね…例えば、入社して一年もしないうちに人事制度の刷新で給与を1/4 くらい減額するとか…他にも何かの行き違いで、マネージャーから数ヶ月間無視されたりとか…せっかく入った会社だけれど、このままだと病気になってしまうと思って、入社して9ヶ月目くらいで再び転職活動しました。
そして4社目を経て、現職が5社目です。実は現職は何度か受けていました。ちょうど内定をもらった時は、前職に入社して1年程度だったので悩みましたが、提示された給与も良かったし、友達が働いていて職場環境も良さそうだったので転職して今に至ります。
複数の会社で働くなかで、扱われ方が難しくて生きづらい場面は結構ありました。その結果、転職したかったわけではないのに、差別が原因で数回転職しました。例えば忘年会で女性社員にコスプレをさせるとか、女性社員はちゃん付けで呼ぶとかそういうのが嫌でしたね…今の会社は代々木のレインボープライドにブースを出していて、そういうところにブースを出す会社ならなんとかなるだろうと思いましたね。実際になんとかなっていると思います。

 

経営陣にダイバーシティ推進の明確な指標を提示してほしい
―― 多様性推進に向けて組織で取り組めることはありますか?
岩尾:経営者の仕事は『うちはこういう会社だ』と言い続けることだと思います。まずは一番上が『差別をしない』とメッセージを出し続けてほしいです。
『差別をしない』ことが経営目標になれば、各部門や管理職も業務としてアクションを取りやすくなります。ハラスメントを対応する部門は、仕組みの中で仕事をまわすことはできても経営判断はできません。
例えば、仕事の成果を出す人がハラスメントをした時、経営陣が差別しない姿勢を強く打ち出していないと、人事部門だけでは適切に対応するのは難しい。だから経営者に『性別、性指向や年齢に対して差別はしません』とコミットしてほしい。実際に経営者がそう発言し続けてる会社は、働きやすい雰囲気をもっていると思います。
また日本に限らず、多様性推進と言いつつ、性別などで登用が進んでいない事例を見ると、女性採用・活用は「ついで」だと思っている事例が見られます。条件が整えば女性を雇ってやってもいいけど、そうでなければ当然男性のほうがパフォーマンスは出るわけだと言わんばかりです。
それは前提が違っていて、企業活動の前提として門地身分や性別に関わらず公平に登用して活躍できる環境を整えなくてはならない。順序が違うと思います。目標があれば、それらを実現する方法はいくつかあると思います。まず日本の採用選考で性別、妊娠や子供の有無で差別したりとか、そういうのをやめるところから始めるべきです。身分や性別・年齢に関わらず、最良の人材を雇うというロジックを作らないといけないと思います。
また、男女比が改善すればある程度解決する問題もあります。例えば女性の同期が初めに昇進すると周囲から「女だから昇進したんじゃないの?」という疑惑を持たれてしまうのは、男女比の偏りも理由の一つです。もし同期の男女比が均等なら、誰が最初に出世しても不思議じゃないわけですよね。

 

自分の中にある無意識の差別(アンコンシャス・バイアス)に気づくことが大事
―― 岩尾さんは様々な業種・勤務地でご経験があると思います。これまでのご経験を通して、労働環境や生き方の多様化を推進するために、私達一人ひとりが取り入れられる意識・行動があったらぜひ教えて下さい。
岩尾:人間は無意識に差別をしてしまう生き物です。無意識の思い込み、アンコンシャス・バイアスというのですが、例えばあるカテゴリの人物をみたときに、自分では気づいていないけれど扱いを変えてしまう・先入観を持ってしまうということがあります。これは誰にでも起こりうることです。
その対処方法は『教育と気づき』だと思っています。これは大学でも会社でもできます。教育面では、研修で具体的な例を出して「これはやってよい・だめ」を徹底するのがまず大事。アンコンシャス・バイアスで検索すると研修のサイトがいくつかでてきます。
他にも、例えば会議室に男性4 人と女性1 人の場合、女性を管理職だと思いにくいという例もあります。悪意があって女性をのけ者にしているわけではなく、思い込みで対応を間違えてしまう。自分自身が無意識にそうしていることに気づくことが大切だと思います。

 

“好き”だけでは乗り越えられないとき
―― IT 系の企業はまだまだ女性が少ない労働環境が多いと思います。力不足と思われることや、反対に必要以上にお客様扱いされることもあると聞きます。能力以外で不当な扱いを受けたときなど、好きという気持ちだけでは乗り越えるのが辛いとき、どう乗り越えられてきましたか?
岩尾:相談・信頼できる人を社内で見つけることが大切だと思います。辛いときは、社内で味方になってくれる人の存在にとても助けられました。孤立してしまうとどんどん追い詰められていくけれど、話を聞いてくれる人がいるとそれだけで安心します。
ミーティングで微妙な話題になったときに話題を変えてくれたり、声をあげてくれる人がいるととても心強いです。例えば、子供ができる予定があるの?と聞かれた時、第三者がそういうことを聞くものじゃないですよと言ってくれると角が立ちにくいです。
話題を変えるだけでも、助かる人が大勢いることを知ってほしいです。そして、その発言はマズいですよと言える訓練や、言やすい仕組みづくりも必要です。
管理職の方には、責任者として耳を傾けてほしい。そして聞いたことを周りに漏らさないように秘密を守って欲しいです。

 

円周率計算の世界記録達成はたくさんの偶然と経験のおかげ
―― 記録達成に取り組まれた経緯を教えてください。
岩尾:現職の部署では以前から3月14 日『円周率の日』を祝う慣習がありました。 2018年の円周率の日が終わった後、次の円周率の日では世界記録級のことができないかという話になりました。私にとって円周率計算は小さい頃から身近なものでした。昔からパソコンの性能を円周率計算で測っていましたね。スーパーπというソフトウェアを使って100 万桁ぐらい計算したり、教科書のアルゴリズムを丸写しして20 桁くらい計算しました。学生時代も円周率計算記録を達成した方が身近にいたりと、何かしら縁がありましたね。今回の計算記録達成には、こういった過去の経験がとても役立ちました。例えば、今回の計算に使用したワイクランチャー(y-cruncher)というソフトウェアは過去に使ったことがありましたし、これまでに円周率の計算記録を達成した人達の資料や教訓も読んでいたので、困った時の解決方法もわかっていました。おかげで予定より2ヶ月早く計算が終わったんです。
実は、今年(2020 年)の1 月に別の方が計算記録を更新したので、もう世界記録ではなくなりました。あと1 年遅れていたら私達の記録は残らなかったので、いろいろな偶然やタイミングが重なってできたことだと思います。でもその偶然をモノにできたのは、自分の能力のおかげだと思っています。偶然をモノにするには、環境とスキルの両方が必要です。人事を尽くして天命を待つという感じで、その場で最適なパーツを組み合わせて問題解決できる。タイミングが来たときにチャンスを逃さずに行動できる準備をしておくことは大事かなと思います。円周率の計算は計算機の進歩を身近なもので表現できる良いものだと思っています。皆が話題にしやすいものを、わかりやすい時期に出す。そしてたくさんの方がこの企画に興味をもってくれて本当によかったです。

 

学生時代に没頭できるものを見つけてください
――最後に学生に一言お願いします。
岩尾:勉強は裏切りません。身につけたものは必ず活きます。興味があることを身につけて強みにしてください。なぜなら、勉強は大学を卒業したら終わりじゃなくてずっと続くんですよね。好きじゃないと続かないんです。ぜひ、好きな分野で没頭できるものを見つけてほしいと思います。
私はたまたまコンピュータが好きで、一度は違う分野を勉強することにしたけれど、この分野に戻って好きなものを仕事にできて本当に良かったです。

 

資料1: Global Gender Gap Report 2020, The World Economic Forum,
    http://www3.weforum.org/docs/WEF_GGGR_2020.pdf(PDF 6MB)

 

※コロナウィルスの影響で来日予定が中止となったため、遠隔会議にてインタビューにご協力いただきました