会長からのメッセージ

工学とイノベーション

 日本の競争力は、よく知られているように、80年代には相当の評価を得ていました。「追いつき、追い越せ」の共通認識のもと、産業各分野で努力目標を共有することできたからでしょう。

 しかし90年代に入ると、上記の努力目標の迫力は希薄化し、一方では新しい目標が見いだせず、競争力は伸び悩んでしまいました。このような流れの継続を打開するために、ここ十数年、毎年のようにイノベーションが叫ばれていますが、いまだ国や社会の活性化にはつながっていません。

 Clayton M. Christensen教授によれば、日本の優良大企業は押しなべて持続的イノベーション志向であり、過去20年間に破壊的イノベーションはほとんど見られなかったとのことです。両者の違いを一つ挙げれば、後者は、前者と異なり、既存の顧客が必要としていないイノベーションです。日本の企業は、前者によって、現在に至る産業競争力を必死に維持しているのかもしれません。なおイノベーションの定義は種々あり、ここでは深入りしないことにします。

 一方大学は、イノベーションの芽を生み出すことに向いた組織です。「持続的」や「破壊的」を問いません。研究の質は、研究テーマに大きく依存します。とくに若手研究者は、時間をかけ、先例のないテーマを選定することです。可能なる限り教授の研究分担者にならないことです。そして仮に研究が成功したときに、新しい世界が予想されるインパクトのあるテーマを探すことです。有識者が集まった会議によるテーマの選定は、イノベーションの芽を大きくすることには貢献できますが、芽を生み出すことはできません。後者は研究者個人の創造力によるところが大きいからです。研究は失敗の連続です。とくに若手研究者が、将来のキャリアパスを見据えて、チャレンジができる研究環境が必要です。

 イノベーションの芽は意外なところから生まれます。したがって多様性が不可欠です。大学は欧米並みのオートノミーを持ち、それぞれの個性に磨きをかけることです。国の競争力のためにも有意義です。大学当局の政府への甘えは減り、責任はより大きくなります。そこでは、大所高所からの政府の理解と、欧米と競争できる環境整備がとても大切です。先進国としての経済競争力における大学の役割の大きさを、政府、大学当局ともにもっと認識すべきです。

 イノベーションによる商品化は、企業の役割です。しかしながら上記のような雰囲気が大学内に醸成されれば、産学関係は間違いなく変わるでしょう。

 大学を中心に述べました。公的研究機関はそれぞれの目的が異なりますが、大学に準ずるところも少なくないでしょう。

 短い文章で私見の一端を述べましたが、現状を克服するために日本工学アカデミーとしてあるいは会員として、何ができるか、何をなすべきか、ご高見をお寄せいただきたくお願い申し上げます。

2017年 5月25日

(公社)日本工学アカデミー 会長

阿部 博之