会長からのメッセージ

日本工学アカデミーへの期待

 新型コロナウイルス感染症がいまだ終息に至りません。日本は遅れていたデジタル化がパンデミックでようやく加速し始めましたが、欧米や中国には大きく引き離されたままです。株式市場ではデジタル分野のGAFAやマイクロソフトの評価が高まり、たった5社で東証1部上場企業全体の時価総額を上回ってしまいました。マーケットが示す方向性は明らかです。日本は分野を問わずデジタルトランスフォーメーション(DX)に取り組み、新たな価値の創造を加速していく必要があるでしょう。

 今般のパンデミックは、たかだか大きさ100ナノメートル程度の核酸とタンパク質と脂質の組み合わせが、フィジカル空間において人類に牙をむいてきた事象だと捉えることができます。ワクチン開発などリアルの領域における技術革新が重要ですが、データ分析や大規模シミュレーションなどデジタル技術を活用したバーチャルの領域における貢献も大きなものとなってきています。政治と科学の連携も欠かせません。しかもパンデミックはこれからの長い人類の歴史の中で繰り返される危険性が高いと言われています。自然科学だけでなく人文社会科学も含めて多岐にわたる知見を総動員し、組織・分野・国境の壁を越えた連携をますます加速していくことが求められるでしょう。

 菅内閣は昨年10月に「2050年カーボンニュートラル」の実現を表明しました。そして今年4月には「2030年度に温室効果ガスを2013年度比46%削減」と目標設定しましたが、これはCO2等量で2019年度比4.5億トンの削減が必要であることを意味し、2019年度のエネルギー転換部門のCO2排出量をゼロにしてもまだ足りないほどの困難なハードルです。地球温暖化は人類の存亡を脅かすグローバルアジェンダです。カーボンニュートラル実現には、リアルテクノロジーによるイノベーション創出と着実な社会実装が欠かせず、日本のアカデミアや産業界が果たすべき役割はより大きなものとなるでしょう。しかも、革新的なイノベーションばかりに期待を寄せるわけにはいかず、化石燃料を大量に消費することを前提とした従来の常識を見直し、国民一人ひとりが価値観のベクトルを逆転すべきときが来ています。「逆産業革命」とも言える動きを加速していかなければならないでしょう。

 「デジタル」、「パンデミック」、「カーボンニュートラル」、これら全てに工学は深く関わっており、文理を超えた様々な分野の専門家が連携して取り組んでいく必要があります。広範な識見を有する指導的人材によって構成される日本工学アカデミーへの期待はますます高まってきています。今こそ会員の皆様の知を結集した「総合知」により、人類の安寧とより良き生存のために、未来社会を工学していこうではありませんか。

2021年 6月 1日

(公社)日本工学アカデミー 会長

小林 喜光

(活動報告2020/2021 会長挨拶から転載)