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跡見順子先生にインタビュー

電気通信大学情報理工学部 助教*
田渕絢香

 

  跡見研究室にて
  跡見先生(右)と筆者(左)

はじめに
今回お話を伺ったのは、長年にわたり運動生理学・細胞生物学・身体運動科学の発展を牽引されてきた跡見順子先生です。骨格筋や細胞骨格研究をはじめ、「身心一体科学」という視点から、人間の身体を統合的に捉える研究・教育に取り組まれてきました。
筆者自身も運動生理学分野で研究を行う中で、跡見先生のお名前や研究思想に触れる機会が多くありました。今回のインタビューでは、研究との出会い、異分野との対話、そして“人間を見る”という視点について、率直に語っていただきました。

 

「自分が理系だとは思っていなかった」
筆者(以下略):先生は、運動生理学分野の研究で長くご活躍されていますが、最初から生理学や骨格筋の研究を志していたのでしょうか。
跡見先生(以下敬称略):最初から“研究者になりたい”と思っていたわけではないんです。子どもの頃から音楽も好き、絵も好き、動くのも好き、何でもやれば7割くらいはできる。ただ、これと言って何をやりたい、ということがなくて。第一志望は地理科でした。今でも飛行機に乗ると下を見るのが大好きなんです。富士山が見えると聞いたら、どこで見えるのか聞きたくなるくらい。自分を“典型的な理系人間”だと思ったことはあまりありませんでした。
それがたまたま大学の体育の分野に入って、生理学の授業で“身体はこういう仕組みで動いているのか”ということに、本当に衝撃を受けたんです。それまでは、生物に対してむしろ苦手意識がありました。でも、生理学は違いました。身体の中で起きている現象を、“なぜそうなるのか”という視点で説明してくれる。そこにすごく引き込まれました。当時、清水の舞台から飛び降りるつもりで、学び始めました。

――「たまたま」なのですね。
跡見:そうなんです。たまたま体育に入って、たまたま資料やいろいろな人との出会いがあって。学生にもこの話をすると「先生、それはたまたま偶然って話ですね」と言われたけれど、本当にその通りなんです。

――そこから骨格筋の研究に入り込んでいった、と。
跡見:骨格筋のタンパク質の研究なんて、東大の江橋節郎先生のような、すごく偉い人がやるものだと思っていました。でも、考えてみると、お料理と一緒なんですよね。潰して、抽出して、はかる。もちろん、ザルを使うわけではなくて、最新の機械を使うのだけれど、原則で言うと似たようなものです。誰だって、料理したり生活の中で工夫したりしているでしょう。実験も、実はそういう感覚と遠くないんです。日常の感覚に,少し科学で味付けするような形にすれば、意外と抵抗なく入れると思うんです。女性も科学に向いていると思いますよ。

――現在の研究の面白さは、どんなところにあるのでしょうか。
跡見:私は、「その先はどうなっているのか」を知りたくなってしまうんです。研究って、ある意味で推理小説みたいなところがあると思っていて。何か現象が見えると、「なぜこうなるのか」「裏側で何が起きているのか」を考えたくなるんですね。たとえば、筋肉や細胞骨格の研究でも、教科書にはほんの数行しか書かれていないようなことが、実際には生命を支える重要な仕組みだったりするんです。細胞って、本当に不思議なんですよ。タンパク質がただ存在しているだけではなくて、それぞれが役割を持って動いている。しかも、その動きが組み合わさって、身体全体の機能につながっていく。

――生命現象を見るうえで、先生が特に惹かれるものはありますか。
跡見:私は特に、“動いているもの”を見るのが好きなんです。だから動画データにもすごく惹かれます。静止画だけでは見えなかったものが、動きを見ることで突然理解できることがあるんですね。それで、“じゃあ次はどうなっているんだろう”と考え始めると、また次の疑問が出てくる。だから、研究はなかなか終わらないんです(笑)。でも、その“わからなさ”が面白いんだと思います。

 

「人との対話で、新しい発想が生まれる」
――研究を続ける中で、大切にされてきたことはありますか。
跡見:人との対話ですね。私は一人で考えていると、どうしても同じところをぐるぐる回ってしまう感覚があるんです。でも、人と話しているうちに、お互いに触発し合って、何かが転換してくる突然視界が開けることがある。だから、異分野の人と話すのは本当に面白いんです。工学の人、医学の人、生物の人、教育の人、それぞれ見ている世界が違う。けれど、話しているうちに、意外なところでつながってくる。私は研究って、“一人で閉じこもって進めるもの”ではないと思っています。対話の中で、新しい発想が生まれることが本当に多いんです。

――たしかに、先生のお話の中にはたくさんの方との出会いがありますね。
跡見:学生や若い方にとっては少し壁があるように思うかもしれないけど、偉い先生方でも、若い人と話したい、という方も多いと思いますよ。こちらが話を聞くと、結構喜んでくださることもあります。分野が同じでなくても対話することはとても大事。たとえば、工学系の先生でも、哲学の本を書いていたりする人がいる。そういう人はすごく大事なんです。理系か文系かではなくて、両方に開かれていて、そこに教養がある人。最終的には、人間力みたいなものが大事なんですよね。

――先生ご自身も学生さんとも接する機会も多いのではないでしょうか。意識されていることはありますか。
跡見:教える側・教わる側というより、一緒に考えていく感覚、ですかね。研究者って、「全部知っている人」だと思われがちだけど、実際にはむしろ、「わからないこと」があるから研究する。だから、「わからない」という状態は、悪いことではないんですよ。学生にも、「できないことを隠さなくていい」とよく言います。「ここがまだ理解できていません、ここが疑問です」と言えてから、そこから対等な議論が始まる。研究って、本来そういうものだと思うんです。
それに、学生の質問から気づかされることも本当に多いんですよ。自分では当たり前だと思っていたことを、「それはなぜですか」と聞かれて、改めて考え直すこともあります。だから、教育も研究も、実はすごく近いものだと思っています。

 

「人間を見る・考える視点」
――さきほど、様々な分野の方との出会いや対話が大切だ、とおっしゃっていましたが、工学や科学に必要なことは何だと思われますか。
跡見:私は、理系か文系かを厳密に分けるより、“人間をどう見るか”の方が重要だと思っているんです。身体のこと、感覚のこと、コミュニケーションのこと、生命のこと。そういうものを含めて考えることが、本当はすごく大事なんじゃないかと思っています。実際、研究をしていると、最終的には人間そのものに戻ってくる感覚があります。だから、工学でも医学でもスポーツ科学でも、“人間を理解しようとする姿勢”は共通して必要なんじゃないでしょうか。

――先生が掲げていらっしゃる「身心一体科学」にも通ずる部分ですね。
跡見:自分の身体は、ものすごい宝物なんです。約40億年の歴史がある。生命はずっと試行錯誤してきて、良いものを残してきたわけです。私たちの身体には、絶対に答えてくれる細胞がいる。その身体の仕組みを、もっと科学的に、自分のものとして大事に捉えることが必要だと思います。

 

「“女性研究者”より、一人の研究者として」
――先生は、女性研究者・教育者としても、さまざまな場面を経験されてきたのではないでしょうか。
跡見:もちろん『女性初』と言われることもありましたが、自分自身は“女性研究者としてどうあるべきか”を強く意識していたわけではありませんでした。東京大学の教員になった時も、別に女性だからと言われたわけではない。すごく実験が好きな人、ということで定評がありました。周りからは一人で自由に動いているように見えていたらしいのですが、自分ではそんなつもりはありませんでした。対話を通じて仲間をつくりながら、生命そのものの面白さをもっと知りたい、と研究を続けています。

―― これから進路を考える学生へのメッセージをお願いします。
跡見:自分を最初から決めつけなくていい、ということですね。「私は理系に向いていない」とか、「これは自分には無理だ」って、早い段階で思い込んでしまう人は多いと思うんです。でも、実際には、やってみないとわからないことが本当に多い。私自身も、「自分は理系だ」という感覚はありませんでした。でも、面白いと思ったことを追いかけていくうちに、結果的に研究の道に進んでいました。だから、「ちょっと面白いかもしれない」という感覚を大事にしてほしいですね。それから、「大事なことから逃げない」というのも、すごく大切だと思っています。研究でも人生でも、難しいことや面倒なことってあります。でも、そこで難しい問題に向き合うことで、後から自分の世界を広げてくれる糧になります。最初から完璧な目標を持っていなくても良い。偶然の出会いや、その時に「面白い」と感じたことが、後から振り返ると人生を大きく変えていることもあるんです。

 

おわりに
インタビューを終えて最も印象に残ったのは、跡見先生のどんなお話も「人間」とのつながりに原点があることでした。現在も常に知の探求を続けていらっしゃる跡見先生の源、それは、生命の仕組みに対する「面白さ」という純粋な好奇心と、他者との「対話」を機に新たな気づきを得ようとする姿勢。お話を通じて、科学の発展は、特別な才能を持つ一部の人だけによって進められるものではなく、一人ひとりが目の前の“面白さ”に気づき、人と対話しながら探究を続けていくことで支えられているのだと感じました。
貴重なお時間をいただき、たくさんのお話を聞かせてくださった跡見先生に、心より御礼申し上げます。今回の記事を通じて、科学をもっと身近に、身体をもっと大切に、そして自分の専門や立場を越えて人と対話することの面白さが、少しでも多くの方に伝われば幸いです。

 

跡見先生らの研究グループの研究紹介
Atomi A, Sato M, Oyauchi M, Takano W, Shimizu M, Watanabe T, Atomi T, Atomi Y. (2026) A supine exercise program linking trunk stability with lower extremity coordination is associated with improved body balance and agility: A study using randomized crossover and pre-post trial designs. PLOS One 21(4): e0345749.
https://journals.plos.org/plosone/article?id=10.1371/journal.pone.0345749
本研究はPLOS ONE広報チームによる重点紹介対象として選定されたほか,英国の The Times をはじめ、複数の海外メディアから取材を受けるなど、大きな反響を集めています。本研究に関する共同プレスリリースはこちらからご覧いただけます。

 

2026年1月19日

*2026年4月より東洋大学健康スポーツ科学部健康スポーツ科学科 講師

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