会長からのメッセージ
2025年 年頭のご挨拶
新年おめでとうございます。
昨年から今年にかけて世界はさらに大きく変化しています。民主主義が専制主義に圧迫され、ポピュリズムや自国第一主義が横行、各地で戦争が勃発、長く覇権を握ってきた欧米と首をもたげてきたグローバルサウスの間で摩擦が絶えません。欧米ともグローバルサウスとも違った歴史を持つ日本が国際社会の調停者としての役割を果たしていくこと、それが世界の中での日本の重要な立ち位置になりつつあります。
ところがその一方で、日本の国力そのものが問われています。1990年代に一挙に重なった急速な少子化、経済の停滞、デジタル化への遅れを克服できないまま、1人あたりGDPは世界の2位(2000年)から39位(2024年)へあっという間に滑り落ちました(IMF統計データ名目GDP)。
国民一人ひとりの生産力、つまり国力を上げることが、世界の激変の中で日本が国際的な役割を果たすだけでなく国民一人ひとりが活き活きと暮らしていくための、最大のエネルギー源のはずです。逆に、国力が下がれば、国内での富の再分配がうまくいかなくなり、貧富の差が広がる原因になります。実際、大企業では賃金アップが進んでいますが、中小企業は最低賃金の大幅な引き上げにはまだまだ耐えられない状況にあるのが実情です。
新年のごあいさつにもかかわらず日本の現状をことさら暗く申し上げたことには理由があります。政治の混迷の中で、国力の低下と国際社会での発言力の低下を小手先の政策に頼って切り抜けることはきわめて困難であり、本当の対応策は、知の創造と社会のイノベーションに向けた科学技術政策と教育政策の抜本的なてこ入れにこそあると考えるからです。また、そのてこ入れには当アカデミーの存在がきわめて大きいと考えるからです。科学技術、研究開発、人材育成に指導的な経験を持つ会員同士が、知の創造と社会のイノベーション、ひいては国力の増進とそれを通した世界の安定と平和のために、フランクな意見交換や積極的な政策提言のできる場として、当アカデミーは必要不可欠な存在です。
『日本工学アカデミー30年史』(2018年1月刊)に日本学術振興会理事長として寄せた祝辞の中で、私は次のように述べています。「・・・世界の急速な変化が学術・科学技術に構造変革をもたらし、学術研究の成果はイノベーションに直結し、オープンイノベーションの世界的潮流は新たな知の創造プロセスをもたらしています・・・」
昨年のノーベル物理学賞を受賞したホップフィールドとヒントンは、それぞれ物理学者、認知科学者として1980年代からこつこつとAIモデルの基礎研究を積み重ねてきた人たちです。AIによるタンパク質の構造予測法で化学賞を受賞したハサビスは、子どもの頃からチェスとゲームデザインに熱中、認知神経科学で博士号を取得した人です。マスコミはAIの研究者がいきなりノーベル賞を取ったかのように報道しましたが、知の創造と社会のイノベーションが自由な発想と粘り強い努力の結果であることは、会員の皆様それぞれによくご存じのとおりです。
今年は、昨年にも増して日本と世界の政治、経済、社会が大きく動く時期になるでしょう。時代の転換の中で、政府から独立したエキスパートの横断的な集まりとしての当アカデミーの役割はますます大きなものになっていくでしょう。
本年が会員の皆様にとって、また日本と世界にとって良き年となりますよう祈念申し上げて、新年のごあいさつとさせていただきます。
2025年 1月 1日
(公社)日本工学アカデミー 会長
安西 祐一郎