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向井千秋さんにインタビュー

日本工学アカデミー ジェンダー委員会学生委員
東京大学 大学院新領域創成科学研究科 先端エネルギー工学専攻
修士2年 秋山茉莉子

 

2019年3月17日 東京理科大学 神楽坂キャンパスにて

日本人宇宙飛行士一期生の一人として1988年と1994年の2度にわたってミッションを行われた向井千秋さん.今回筆者は,向井さんにインタビューを行い,宇宙飛行士になろうと考えたきっかけから,飛行して感じたこと,さらには将来に期待することまで,様々なお話を伺った.多様なバックグラウンドの方とともに仕事をされてきた向井さんの視点から”ダイバーシティ”についてもお話していただいた.

 

宇宙飛行士への応募
宇宙に「行きたい」のではなく,宇宙を「利用したい」
日本人宇宙飛行士の一期生の公募は,意外にも新聞に掲載されていたそうだ.世界的に宇宙飛行士と言えば軍人かパイロットが主流な時代であったが,この公募では,科学技術利用の職歴/研究歴がある人,という条件で,一般の人を募集していた.この公募を見た向井さんは,「地球で一般的に働いている人のアクティビティを,宇宙へと垂直展開できるほどに,20世紀の技術は進んでいるのか」と感動したという.当時,心臓外科医として勤務していたが,偶然にも臨床の仕事ではなく研究に専念している時期であったため,宇宙飛行士へ応募した.当時の気持ちを伺うと,宇宙飛行士に応募するのは,いわゆる「宇宙に行きたい」という憧れの気持ちからではなく,「宇宙環境を利用した研究がしてみたい」という思いからであったそうだ.特に,専門としていらっしゃるライフサイエンスの分野では,重力によって発現している/抑制されている遺伝子があるのではないか,あるいは,無重力環境での治療により治癒できる病気があるかもしれない,といった興味を抱いていたそうだ.

 

宇宙飛行士になることへの恐怖心は?
筆者は,宇宙飛行士になると想像すると,有人宇宙飛行が当然のように行われている現在でも少なからず恐怖を感じてしまう.しかし向井さんには恐怖心は全くなかったそうだ.その理由は「好きで行くから」.臨床医として,自分よりも若くして亡くなる方々を見て,向井さんは,元気に生きていて夢を叶えられる立場にあるならば,道半ばで亡くなられた方々のためにも,夢を叶えるために行動しよう,と決断したそうだ.なお,向井さんが宇宙飛行士に選ばれた翌年の1986年には,スペースシャトルチャレンジャー号爆発事故,及び,チェルノブイリ原発事故が起こり,20世紀の科学技術を人々が過信していることが浮き彫りとなった.向井さんは当時について,先端科学技術の恩恵を受けるためにはリスクをとることも容認の上だった,と振り返った.当時の日本は,科学技術先進国の一角となり始めた時期,まさに”right timing, right place”だったという.

 

宇宙飛行士を経験して
重力という「色眼鏡」
よくある質問ではあるが,やはり気になったのは実際に宇宙に行った感想である.筆者も,宇宙の第一印象や感動したことについて尋ねた.すると意外な答えが返ってきた.「地球が青くてびっくりしたということはあまりない.だってそれを知って期待して宇宙に行っているから.」確かにと頷かざるを得ない回答だった.そのうえで,「一番驚いたのは地球に帰ってきた時.自分の頭がボーリングの球のように感じた.」とおっしゃった.地球に帰還した後の向井さんは,物体が落ちる,あるいは物体が置いてある,といった状況が不思議に感じてならなかったという.「人間は生まれたころから,重力という色眼鏡をかけて,いわば“重力文化圏”に生きている.無重力だったらと考えるには,その色眼鏡は外す必要があって,宇宙飛行を通してそれができるようになった.不可視な現象に明白な法則を見出した,ニュートンやアインシュタインは天才だと思った.」とおっしゃっていたのが印象的である.筆者も研究で無重力における現象について考えることはしばしばあるが,色眼鏡という表現は腑に落ちるものであった.

 

宇宙飛行は「出張」?
2週間の宇宙飛行を2回経験している向井さん.その気分は「出張」であるという.実験という仕事を,宇宙という出張先で行うだけ,という感覚は,宇宙飛行を経験したことのない筆者には新鮮な感覚であった.クルーの皆さんとは,言語や文化は違えど,同じチームとして訓練を共にしてきた仲であり,何よりも宇宙飛行士としての「プロ意識」が共通していたため,全員で同じ方向に向かって仕事を行えたという.

 

無重力の世界
飛行中の実験はいくつもの実験を並行して走らせる方法がとられていた.そのスケジュールは,地上のチームにより5分刻みで計画されていたという.宇宙医学は常に検証実験の積み重ねであり,宇宙飛行士自身がその対象とも考えられる.宇宙飛行士の滞在時間が宇宙滞在時間のサンプルとなっている格好である.

 

もしもう一度宇宙に行くなら?
もう一度宇宙に行くなら何をしたいか伺ったところ,月面に行きたいとおっしゃった.一般に知られている通り,月面には地球の1 Gに対して,1/6 Gの重力が作用している.一方,生物が「重力を重力として感じる閾値」が0.2 – 0.3 Gであるそうで,これは月面の重力よりも大きい.今後,月面に人類が進出するにあたっては人工重力が必要だろうと言われているが,それは1 Gでなく,もっと小さくても,すなわち閾値付近でもいいのではないか,というのが向井さんの意見である.その検証のため,月面へ行き,パーシャルGにおける実験を行いたいのだそうだ.

 

宇宙開発の将来―宇宙への投資は無駄遣い?
筆者は所属研究室にて小型衛星に関連する研究を行っている.小型衛星が増えていることについての所感を伺ったところ,「うまくやらないとデブリになるからねえ…」という返答をいただき,非常に心に刺さった.しかしながら,宇宙を人工物でゴミだらけにしないことは,小型衛星開発に携わる人間の責任なのだろうと,改めて身の引き締まる思いだった.一方で小型衛星に期待する点として,月周回軌道に小型衛星群を飛行させ,太陽光発電で得たエネルギーを月面に下ろせると面白そう,とおっしゃっていた.

本インタビューで筆者が最も印象に残ったのは,「今衣食住に不自由がないのなら,どうにかやりくりして,未来に向けた人材育成や研究開発に投資すべき」とおっしゃっていたことである.その一環として宇宙開発に投資することは何も無駄遣いではない,との考えだそうである.その大元には,不自由なく教育が受けられ,技術が進んでいる,いわば「チャンスのある国」に生まれたという考えがあり,筆者もその恵まれた環境にある限り,チャンスを生かさない手はないと実感した.

 

「違うこと」が当たり前―”ダイバーシティ”に対して思うこと
国籍,性別,専門分野等,バックグラウンドが様々なメンバーで活動された向井さん.ダイバーシティについてどのように考えるか尋ねたところ,人間同士なのだから違いがあって当たり前,自分と同じだと考えているからその違いに驚くだけ,だからこそ偶然発見した共通点を大切にすべき,という話をしてくださった.男女や障害の有無といった壁を越えて,物理面のみならず精神面でも「バリアフリー」な世界になってほしい,とおっしゃられた.

 

理工医系の学生へ
最後に,理工医系の学生へのメッセージをお願いしたところ,人生はどうせ有限なのだから,好きなことをするのが一番,と回答をいただいた.「遊園地だったら帰りたくないと思えるような,あるいは,もう一度生まれ変わってもまた同じことをしたい,と思えるくらいに楽しい人生がいい.」筆者が印象的だったのは,自分が幸せになりたいのなら周りの人を幸せにすること,その小さな輪が広がっていくうち,コミュニティー全体が幸せになって,未来志向の世界が出来上がる,とおっしゃっていたことである.

 

インタビューを終えて
現在の日本では,国家予算のうち宇宙開発に充てられる費用は,宇宙開発先進国のアメリカや欧州に比べて少なく,また宇宙事業に携わる民間企業も少ない.一方で,はやぶさ2の小惑星タッチダウン成功等,多くの人が宇宙開発を身近に感じ,感動を与えられる瞬間も増えてきた.日本に住む我々の見る「未来」の中に,「宇宙へのワクワク感」がもう少しばかり含まれてもいいのではないか,また,向井さんのおっしゃった「未来志向」という言葉には,そういった宇宙への希望も含まれるのではないか,というのが個人的な見解である.

 

2019年3月17日
東京理科大学 神楽坂キャンパスにて

 

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